
沿革
| 昭和41年6月 | 大阪市港区南境川1丁目27番地1に三和石材産業を明石恒重が個人にて創業。 |
|---|---|
| 昭和43年4月 | 三和石材産業株式会社を資本金250万円にて設立。(代表取締役社長 明石恒重) |
| 昭和44年12月 | 東大阪市新家東町52番地に会社移転。 |
| 昭和45年2月 | 資本金1,000万円に増資。 |
| 昭和45年3月 | 日本石材センター株式会社に社名を変更。 |
| 昭和46年1月 | 印度カルナタカ州バンガロール市に支所開設。 |
| 昭和46年12月 | 岡山県児島郡児島に保養所建設。 |
| 昭和47年3月 | 東大阪市新家東町44番地に本社土地取得。 |
| 昭和47年11月 | 東大阪市新家東町44番地に本社移転。 |
| 昭和49年12月 | 印度支所撤去。 |
| 昭和51年1月 | 資本金2,000万円に増資。 |
| 昭和52年1月 | ソウル支店開設。 |
| 昭和52年7月 | 資本金3,000万円に増資。 |
| 昭和53年2月 | 岡山営業所開設。 |
| 昭和53年10月 | 資本金8,000万円に増資。 |
| 昭和56年1月 | 南九州営業所開設。 |
| 昭和56年7月 | 金沢営業所解説。 |
| 昭和56年8月 | 大分営業所開設。 |
| 昭和61年4月 | 静岡営業所開設。 |
| 昭和61年4月 | 札幌営業所開設。 |
| 昭和61年5月 | 茨城営業所開設。 |
| 昭和61年6月 | 仙台営業所開設。 |
| 昭和62年7月 | 高松営業所開設。 |
| 昭和63年3月 | 新本社ビル完成。 |
| 昭和63年7月 | 福井連絡所開設。 |
| 平成元年6月 | 社内憲章制定。 代表取締役会長 明石恒重、 代表取締役社長 長澤敏男就任。 |
| 平成元年6月 | 上海支店開設。 |
| 平成5年4月 | 大阪営業所開設。 (本社営業部から分離独立) |
| 平成5年5月 | 中国厦門支店開設。 |
| 平成7年11月 | 従業員持株会員による役員公選開始により 代表取締役社長 阿武敏郎就任。 代表取締役社長 長澤敏男退任。 |
| 平成8年4月 | 福井連絡所閉鎖。 |
| 平成8年11月 | 創業者の代表取締役辞任。 |
| 平成9年10月 | 茨城営業所を土浦から真壁に移転。 展示場併設。 |
| 平成12年10月 | 大阪営業所を3営業所に分割。 |
| 平成13年7月 | 上海支店閉鎖。 |
| 平成15年4月 | ソウル支店閉鎖。 |
| 平成15年12月 | 中国崇武事務所開設。 |
| 平成17年7月 | 富山出張所開設。 |
| 平成17年12月 | 中国南安事務所開設。 |
| 平成18年5月 | 代表取締役社長 若狭昌殻、 代表取締役会長 阿武敏郎、 名誉会長 明石恒重各々就任。 |
| 平成19年2月 | 東京営業所開設。 |
| 平成20年3月 | 代表取締役会長 阿武敏郎退任。 相談役 阿武敏郎就任。 |
| 平成20年4月 | 名古屋出張所開設。 |